マイルドな名前
Mildred, Milborough, Mildgyth
St. Ermenburga (聖エルメンブルガ)はケント王家出身の女性で,ミンスター女子修道院を創立したことで聖人の列に加わった。
また彼女がマーシア王族(とされている*)メロワルド (Merowald /Merewald, Merewalh) との間にもうけた娘三人も,母に続いて聖人となった。
この三姉妹の名が
Mildthryth(Mildritha, Mildred)[Mild-thryth (Mild-dritha, Mild-dred)]
Mildburh (Milburga, Milborough) [Mild-burh (Mil-burga, Mil-borough)]
Mildgyth [Mild-gyth]
である。
三姉妹の名に共通している前半要素 mild- は,一見してわかるように英語の mild「穏やかな,温和な」と同語源。
「柔らかい」という意味を持つ印欧語根に由来する。
◇Mildthryth
後半部分の thryth は古英語名によくある要素で,語意は strength 。
古英語 thryth 要素は時代の流れと共に -dred, -dreda 等に変化したので,Mildthryth は中世英語時代に Mildred,
Meldred 等となっている。
同様の変化をした例としては,Etheldreda (♀) が挙げられる。
Etheldreda は古英語名 Æthelthryth(Æthelþryð, Aethelthryth)が変化したもので,分解は
ethel-dreda だが,この名はここからさらに化け,なんと Audrey (♀) という転訛形を生んだ。
◇Mildburh
後半は古英語 burh (語意 fortress)。つまり「城塞」という意味なので,地名にも多く見られる要素である。Edinburgh (エジンバラ)の
burgh, Canterbury (カンタベリー)の bury も,綴りは変化しているが,同じ意味。
Mildburh (♀) は中世に Milburh, Milbury と綴られた。また Mildburh に由来する英語の姓名に Milborrow,
Millborough がある。二番目の姓は Mill- と L が一つ多いのが不審だが,これはR&W の辞典通り。
ドイツ語の -burg, 北欧の -borg 等もやはり「城塞」の意を持つ同系の言葉である。fortress の意を含むゲルマン由来の人名には,Amalburga, Edborough, Ethelburg, Hild(e)burg, Ingeborg, Kinborough, Quenburga, Walburg(a), Walpurga, Walpurgis (以上すべて女性名)等がある。
◇Mildgyth
J&S は語意を gentle-gift としている。gift の意をもつ古代英語は gifu である。
後半 gyth は古代英語 gyth (語意 battle, war)と見たほうが妥当に思えるが……
「gifu 要素」と「gyth 要素」を含んだ名前があやふやになった例として,Eadgyth と Eadgifu との混同があげられる。(→Edith )
聖人なので「戦い」より「贈り物」イメージが強くて,そういう解釈になったのかも……とか思うが,推測の域を出ない。
*Merowald は後世に「マーシア王ペンダの息子の一人」とされるようになったが,確かな記録はないらしい。
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