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仮定プラス仮定の話
Wulfran, Wolfram, Vulfran


 『ペリーヌ物語』(日本アニメーション)はエクトル・マロー作『アン・ファミーユ』を原作として作られたアニメだった。この中に「ビルフラン」という名の老人が登場する。昔から由来が謎だったが,最近「ペリーヌ」で検索をかけてみたら,岩波文庫版の原作では「ビュルフラン」とカナ表記されていたらしい。

 さらにとある Web ページによれば,その綴りは Vulfran であるらしい。それが正しいと仮定し,Vulfran で検索をかけてみた。すると,フランスのページに Vulfran = Wulfran としてあるものがあった。そこの記述によれば聖人名であるらしい。ただし, Vulfran と Wulfran を繋げるものはそのページだけであり,信用していいのかどうかわからない。

 だが,それも正しいと仮定し,Wulfran を調べてみた。Wulfran は 7~8世紀頃の聖人で,サーンス(フランスの中北部の都市)の司教だった。彼の名は Wulfram (Wolfram) とも書かれる。手持ちの聖人辞典の Wulfram の項に,

W. Claister, The Life and Times Of Saint Wulfran (1878);
J. Laporte, Inventio et Miracula S. Vulfrani (1938)

 といった書名が挙げられている。二番目の書名は何語だかわからないが,とりあえず Wulfran がどこかの国で Vulfrani と綴られるのは間違いないようだ。だとすると Vulfran = Wulfran はありそうに思える。

 フランスではごく最近まで命名に使用できる人名が比較的少なかった。というのはナポレオンが1803年,「聖人名・フランスの歴史上の人物名」由来名以外を使ってはいけないと定めたからである。この命名に関する規制は次第に緩くなり,1966年頃にはほとんどなくなったらしい。

 しかし『ペリーヌ物語』はまだ規制が厳しかった時代を背景にしているように見える。というわけで,人物名は皆「聖人名・歴史人物名」由来の名から選ばれているはずだ。だから Vulfran が Wulfran の綴り違いで,聖人名由来と考えてもよさそうな気はする。

 さてそれでは Wulfram, Wolfram の語源と語意は何であろうか。H&H は Wolfram の項で,ゲルマン語の要素 wolf-hramn (語意 wolf-raven,「狼」-「ワタリガラス」)と説明している。
 また『独和大辞典』では古代高地ドイツ語 wolf-hraban (語意 Wolf-Rabe,「狼」-「大型のカラス,ワタリガラス」)としてある。時代差・地域差で語源となった言葉が違っているが……まぁ,大雑把に「狼+ワタリガラス」の語意のニ要素人名だと思っていいだろう。

 ワタリガラスは北欧神話では知恵の象徴である。主神オーディンは,「フギン」と「ムニン」というカラスを使役していた。このカラスたちは世界中を飛び回り、オーディンに見聞きしたことを伝える聖なる鳥であった。ゲルマン語源の人名で「ワタリガラス」を含むものとしては他に Ingram (♂) や Bertram (♂) がある。

 Wulfran = Vulfran であるとすれば,また,ペリーヌ物語に出てくる老人の名が本当に Vulfran と綴るのであれば,フランス人の彼の名は意外にもゲルマン語源である。
 しかし,なにぶん,「仮定プラス仮定」の話なので,真実はどうかは思いきり不明である。

*記:2001/03/12


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