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愛とアーモンド
Amande, Amanda, Almond


◇老教師アマンド
 フランス映画『ニキータ』(La Femme Nikita, 1990)は「マイ・フェア・レディ」のダーク版と言える土台を持つ物語である。つまり男が女を望む方向に養成または調教する話だ。この構造を含んだ作品はギリシャ神話の『ピュグマリオン』,日本の古典『源氏物語』,少女漫画の『エースをねらえ!』など数多い。格調において異なるが,育成・調教系のコンピュータゲームや大人向け娯楽小説などもこの構造を持っている。

 さて『ニキータ』のヒロインであるニキータも,政府関係者ボブに秘密工作員として養成される。しかしボブは調教の管理者で,実際の養成にはさほど関わらない。様々なスキルは専門の教師が叩き込む。その教師の一人に,「アマンド」(Amande) という老婦人が登場する。粗野極まりないろくでなしの小娘ニキータは彼女から化粧や作法を学び,優雅に変身していく。

 amande はフランス語で「アーモンド」であるが,この人名 Amande は英語名 Amanda 相当の名かもしれない。『ニキータ』は1993年にアメリカで Point of no return (日本では「アサシン」)という題でリメイクされたが,Amande に当たる人物は Amanda と改名されていた。

◇ Amanda, Amandus
 Amanda, Amandus はラテン語の動詞状形容詞 amandus「愛すべき」に由来する。Amandus (♂) は4世紀頃から聖人名として現れる。しかし Amanda (♀) は17世紀に直接ラテン語から造名されたもので,男性名とはリンクしていないと考えられている。
 フランダース地方と北フランスに宣教した Saind Amand (584-675) は,英語では St. Amand となるが,Amand はラテン語形で Amandus となるので,St. Amandus とも書かれる。

◇ラテン語 amandus, amo
 ラテン語 amandus はラテン語 amo「愛する,好む」に由来する。amo が語源である言葉には他に, amor「愛」,amābilis「好意のある,愛らしい,親切な」,amātor「愛する人,親友,崇拝者」,amīcus「友人」等がある。

 amābilis は女性名 Amabel (♀) の語源になっている。また,amātor は英語の amateur「アマチュア」の語源になった(ラテン語からフランス語を経由して英語に入った。-teur はフランス語の行為者接尾辞)。
 amīcus は英語の amity「親交,友好関係」の語源となったが,この英単語から Amity (♀) が造名された。また amīcus は英語の amicable「友好的な,円満な」の語源でもある。

 ラテン語の amo に関係する人名はかなり多い。
 英語名/Amabel (♀),Amanda (♀),Amice (♀),Amity (♀),Amy (♀)
 フランス語名/Aimée (♀), Amedée (♂)
 イタリア語名/Amata (♀),Amato (♂) ,Amedeo (♂)
 スペイン語名/Amador (♂),Amancio (♂)
 等である。また Amadeus (♂) はラテン語名だが,「モーツァルトのミドルネーム」として名高いため,英語圏とドイツで使われるらしい。

◇Amande
 Amande (♀) は Amand (♂) の女性形にも見える。しかし手持ちの辞典に全く載っていない。ネット検索によればとりあえずフランス語女性名として存在するらしいが,語源は結局不明。
 R&W の姓名辞典(これは英語の姓名を解説した辞典)の Amand, Aman, Amans, Ament, Ammann の項目に,以下の記述がある。

OFr Amand, Amant, Lat amandus ‘meet to be loved’, the name of a 5th-century Bishop of Bordeaux and of four saints. Also used as woman's name.

 最後の行は Amand, Amant が女性名としても使われたと読める。どうもこの Amand, Amant の変形が Amande (♀) じゃなかろうかと思えるが,やはり,不明。ところで現代フランス語で amant と綴ると,「愛人,情人」の意である。

◇ アーモンド
 Almond (♀) という英語名は一応あるらしい。J&S の索引部分とDAR の命名本に収録されているが,その他の辞典系の本にはないので,多用されている名ではないだろう。

 聖書中に次のような場面がある。「エホバの前に置いたアロン (Aaron) の杖からアーモンドの花が咲いて実を結んだ」。この故事からアーモンドは神聖な木とされている。シンボル辞典によるとアーモンドの花には「春の先触れ」「希望」といったイメージがあるらしい。
 なおアーモンドの花は色も形も桃に似ている(少なくとも私の行きつけの神代植物公園の木はそうである。しかしいろいろ品種があるらしく,桜に似た色の花の木もあるようだ)。

◇アーモンドの語源
 ギリシャ語 amugdálē →中世ラテン語 amandula →古代フランス語 alemande, almande を経て英語の almond となった(『スタンダード英語語源辞典』より)。
『研究社羅和辞典』にある amygdala「ハタンキョウ」「扁桃,扁桃腺」は,ギリシャ語 amugdálē と中世ラテン語 amandula の間を埋める語かもしれないが,そのへん不明。

 途中で綴りに L が混入した原因は,アラビア語の定冠詞 al- を含んだ語 alcohol「アルコール」, algebra「代数学」等からの連想による誤解だそうだ。
 このアラビア語 al- を含む英単語には他に alkali「アルカリ」,almanac「年鑑,暦,暦書」がある。

 現代フランス語でアーモンドは amande 。もしこれが古代フランス語 alemande, almande から変化したものとするなら,いちど混入したLが再び落ちたことになる。だとしたら忙しいことだ。しかし本当のところはわからない。フランス語の語源辞典を見れば詳細がわかるだろうが,私はフランス語を読めないので,とりあえず忘れることにしたい。

 ところで amygdala はラテン語の綴りのまま英語(解剖学用語)になっている。意味は扁桃腺,また大脳扁桃核,小脳扁桃。
 またアーモンドや杏,梅などの未熟果に含まれる青酸配糖体をアミグダリン(amygdalin) と言うが,これは綴りからみて amygdala 由来のはずだ。

 映画『ニキータ』でアマンド教師はまずヒロインに笑顔を教える。そういう人物の名がラテン語の愛に関係する Amanda, Amandus 系の名だとすると非常にイメージ的に良いのだが……
 アマンドが若い頃,毒殺専門のエージェントだったとか妄想したくなる気もする。


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