バイタリス―生命
Vitalis, Vidal, Vito + Victor
◇バイタリス
大掃除をしたら古い文庫本が出て来た。うちでは本の多くが「カラーボックス」と呼ばれるところの収納棚に入っていて,しかも前後列に横積みされているため,しまい込むと数年存在を忘れたりする。この「トホホ…な田舎モン秘話」(全国爆笑援護会編・青春出版社・1995年)も片付けたまま忘れた本であった。
この本の109ページに「髪はバイタリスの整髪料を~」という箇所があった。バイタリス。あったな,昔,そういうの。家の洗面所で見た覚えがあるなぁ。
これは検索して調べたらライオン製品で,1962年に発売されていた。しかし洗面所の棚にバイタリスと「MG5」(資生堂・1963年発売)が並んでいた映像も記憶にある。父はメーカーに関してポリシーがなかったようだ。いや,母は昔,松本の資生堂で事務員をしていたので,結婚退社後も資生堂製品に固執した。だからMG5は母が父に押し付けた可能性も考えられる。
それはさておき,バイタリスは Vitalis と綴る。vitalis はラテン語で「生命の,生命に関する」という意味の形容詞。ずばり Vitalis と綴る男性名も存在する。「家なき子」に登場する旅芸人「ビタリス」と「レミ」は, Vitalis, Remy ではないかと思うが,もしこの綴りだとすればどちらも聖人由来の名である。
◇ヴィダル
Vitalis (♂) のスペイン語形が Vidal である。ただし Vidal は英米の姓でもある。日本では「(ちょっと高級な)シャンプーの名前」として有名になった「ビダルサスーン」。このブランドは有名な美容家
Vidal Sassoon の名を取ったものである。
この人の名が ラテン語 vitalis に直接由来しているのか,「姓名」の人名転用なのか,スペイン系の人なのか,はたまた全然別の由来であるのかは不明。H&H
によれば Vidal はヘブライ語名 hayyim (語意 life) の翻訳名として使われることがあるらしい。
ただもし vitalis 由来だとしたら,「整髪料バイタリス」を知る人にとっては「いみじき偶然」に感じられると思う。
◇ラテン語 vita
vitalis はラテン語 vita「生命」に由来し,英語の vital の語源となっている。英語の vitality も途中を省略すると
vita 由来。
vita の入る語としては他に「ビタミン」がある。これは1913年,アメリカの生化学者 C. Funk が造語したものだ。ラテン語 vita
+ ドイツ語 Amine(アミン)。当初アミノ酸含有と思われたことによる命名だった。
ラテン語 vita に由来する人名は Vitalis (♂) の他には Vita (♀) ,Vitale (♂),Vitali (♂) ,Vitus
(♂) がある。
映画『ゴッドファーザー』のドン・ヴィトー・コルレオーネ(Don Vito Corleone)の名として知られる Vito の語源説は二つある。一つは「Vitus
(♂) 由来説」である。
ドン・コルレオーネはシチリア島出身者であった。だからシチリア島の殉教聖人 Vitus に因んで命名されたというのはありそうな話である。Vitus
は子供の殉教者だった。
しかし Vito が Victor (♂) から派生した Vittorio 由来だとする説もある。また Vitus (♂) の女性形にあたる
Vita (♀) も Victoria (♀) の愛称として使われることがある。系統の異なる名前同士の境界が,綴りの類似により不明確になっているようだ。
Victor (♂) は victor, conqueror (勝利者,征服者)の意味を持っており,これもまたドンの生涯に似合っている。ひょっとすると両方の由来説を踏まえた上で,二つの意味を併せ持った人名として選ばれているのかもしれない。
◇おまけ
蒸留酒は錬金術の実験の産物だった。錬金術師はこれをラテン語 Aqua-Vitae「アクア・ヴィテ(生命の水)」と呼び,不老長寿の秘薬だと(いうことに)した。
アイルランドに伝わった Aqua-Vitae の製法が「ウィスキー」を生んだ。Aqua-Vitae のゲール語訳 Uisge-beatha がウィスキーの語源であると言われている。
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