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孫引き・曾孫引きの恐ろしさ


 CLEDAR は,著作の中で日本人名を扱っている。
 ローマ字綴りにした日本人名に対して,一つの語意を当てている。つまり漢字の同音異義の問題なんか知ったことじゃない,という姿勢だ。
 私が「可笑しさがわかる」のは「日本人名の箇所」のみだが,漢字文化圏である「中国人名」や「韓国人名」の説明文も,おそらく相当酷いものになっていると思われる。
 Chun が「中国の女子名で意味が Spring 」とか断定してあったりするが,中国語で Chun の音に対応する漢字は「春」だけではないだろう。

 アルファベット文化圏の人には,漢字文化圏の同音異義が理解できないのだろうし,わざわざ理解してくれなくてもいいが,こんないい加減な説明をつけた人名リストを作られるくらいなら無視してくれたほうがマシだよ,とツッコミを入れたくなる。

 同音異義を無視した編集も酷いが,CLE と DAR には「正体不明の日本人男子名」が登場する。

Isas (ee-SAHS) meritorious (CLE)
Isas Japanese. Japanese, "Meritorious one." Unusual. (DAR)

 N以外の子音で終わる日本人名があるだろうか?
 もしかしたら沖縄語やアイヌ語などにはあるのかもしれないが,基本的に日本語の言葉は母音で終わる。

 そして,meritorious の語意は「賞賛に値する,功績のある」
 ……これ,もしかして,ISAO「功」のスペルミスではないか?

 とある一冊の本があり,それには Isao が Isas と誤植されていた。その誤植の奇妙さがアルファベット文化圏の人にはわからない。それでそのまま自分の本に採用してしまう。それが孫引き,曾孫引きでどんどん別の本に収録されていく。
 ……というような惨事が想像されるが,真実は闇の中だ。

 DAR は巻末に「日本人名」の参考文献を記している。
――O'Neill, P. G. 1972. Japanese Names. New York: John Weatherhill, More than 36,000 names.

 これ一冊を信用して DAR は本を書いてしまったらしい。日本人名の解説本はアメリカでさほど必要でもなかろうから,資料がこれしかなかったのかもしれない。

 数を誇る点からして既に胡散臭く,まともな辞典ではありえないような感じだが……

 この,オニール某の書いた本の現物を見てみないことには,Isas 問題の検証ができないが,残念ながら私には無理だ。

 ところで CLE の本には「参考文献一覧」がない。人名の語源解説本は,先人の資料を土台にしなければ絶対に書けないものだ。だから文献を明記しないのは全く失礼でダメダメで不真面目至極で言語道断だと思うが,とりあえずその主張は置いておいて。

 CLE が各国人名の資料をそれぞれ一冊しか揃えず,それらから適当にピックアップして本を書いてたらどうしよう? その一冊がとんでもない本だったら,誤記がダイレクトに移動してしまっているかもしれない。ああ恐ろしい。

 このような恐怖を感じているため,私はCLE の本を「疑わしいもの」として扱っている。


 ついでに CLE に載っているオモシロ日本人名の例をいくつか挙げておこう。これらは「純粋な日本人名」ではなく,「アメリカの日系人が使った名」も入っているかもしれない。しかしそれを考えに入れても奇妙なものが多い。

[女性名]

Akako red
 推定漢字「赤子」か「赫子」か。後者ならまだいいが,前者は普通「あかご」としか読めんよな。

Akasuki bright helper
 推定漢字「明助」?

Isamu vigorous, robust
 推定漢字「勇」。しかしこれは基本的に男子名だろう。時代によっては「直」「定」などと同じく男女共有名だったかもしれないが…… 

Kiyoshi clear, bright
 推定漢字「清」。これを女子名に使う……かなぁ? 

Kurva mulberry tree
 Kurva なんて綴りの日本人名はないだろう。これは Kuwa「桑」の誤植だと思われる。 

Mikazuki moon of the third night
 推定漢字「三日月」。日本語としては間違っていないが,こんな女性名は聞いたこともない。忍者小説のくの一の名前か? 

Nyoko gem treasures
 これは Nyo が推定不能。語意説明からすると Yoko「瑶子」の誤記か? 「瑶」には「美しい玉」の意味がある。
 Nyo の音で日本人が一番先に思い浮かべるのは,多分「尿」だ。「にょうこ」なんて名前をつけられた日には,その子のアダナは多分「おしっこ」になるだろう。こんな響きの女子名はありえない。

Sato sugar
 推定漢字「砂糖」だが……アメリカ人名の Honey とかのノリで日系人が使ったのだろうか? 

Shihobu perseverance
 Shihobu はCLE の記載通り。しかし語意が perseverance「忍耐」なので,Shinobu の誤植だろう。

Tanaka dweller in a rice swamp
 語意説明が「田圃の住人」なので,推定漢字は「田中」。しかしこれ,個人名ではなくて姓名ですけど。
 ただ -a で終わる綴りは,英語圏の人にとっては女性名っぽく見えるだろう。それで日系の人が使ったのかもしれない。

Tomiju wealth and longevity
 推定漢字「富寿」だが……これ,芸者や芸人の名前から拾ったのだろうか? 日本人の感覚からすると「明治あたりの爺さまの名前」か「日本酒の銘柄」みたいな響きがあるが……

Tsuhgi second child
 推定漢字「次」。しかし日本語で「次」に相当するローマ字綴りは Tsugi である。どこから h が入ったものか理解不能だ。

Yoshe a beauty
 ローマ字では「ヨシェ」としか読めず,日本人の名前とはとても思えないが,Yoshi の誤植か? それとも Yoshi をアメリカ風にするために綴りを変えたものか?
 語意説明からすると漢字は「佳」(よし/Yoshi)だろう。

[男性名]

Akemi beauty of dawn
 推定漢字「暁美」。「~美」タイプの名前は21世紀現在,ほぼ「女性名」と判断されるだろう。「美」で終わる男性名もあるにはあるが,少ない。実は私の祖父は「正美」,伯父は「幹美」という。祖父の初孫である私は,もし男だったら「~美」タイプの名前をつけられたかもしれなかった。

Botan peony
 推定漢字「牡丹」。しかし日本では花の名前を男の子につけるのは珍しい。

Joji (L) farmer
 CLE の本の中で (L) 表記は「ラテン語源」の意。ラテン語源の日本語名などありえない。しかし多分これは George (♂) の音に漢字をあてて「譲治」や「丈治」とし,それをさらにローマ字表記に変えたものと思われる。

Kane golden
 推定漢字「金」。しかし日本人名で「Kane/かね」と聞けば,大抵の人は「明治生まれのお婆さんみたい」と思うだろう。 

Kiyoshi quiet
 「静かな」という意味を持った Kiyoshi という漢字は存在しないと思われる。
 ところで CLE は女性名のリストにも Kiyoshi を入れ,その語意説明を clear, bright としているが,書いていて気にならなかったのだろうか。

Naoko straight, honest
 推定漢字「直子」。しかしこれは日本では完全に「女子名」。
 ただしラテン系言語の男子名は -o で終わるもの(Roberto 等)が多いので,そのノリで日系人が使ったのかもしれない。

Raiden thunder god
 推定漢字「雷電」。響きと綴りが欧米人名っぽいから,日系の人が使うのに便利な名前だったかもしれない。しかし21世紀現在,30代以上の日本人男性の多くは,「雷電」と聞くと笑うかもしれない。
 その昔のジャンプ漫画に「魁! 男塾」という漫画があり,この中に「雷電」というキャラクターが登場した。
「知っているのか雷電」という台詞は今でも「お笑いネタ」として存続している。

Ringo apple, peace be with you
 推定漢字「林檎」。しかし後ろのほうの語意説明は理解不能。 日本人で「林檎」の名を持った男性は稀だろう。


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