■ストラトニケとニコストラート
地震があったのでなんとなく浅間山の噴火を思い,そこから「ポンペイ最後の日」という古い映画の題名を思い出した。
映画自体は見ていないし,噴火で町が滅びる内容だとしか知らないので,検索してみた。
日本語版 Wikipedia を流し読みしていたところ,話の筋よりも気になったのが登場人物名の「ストラトニケ」。この作品中では悪役のようだ。英語版に切り替えて確認すると綴りは
Stratonice らしい。
女性名 Berenice (♀) の例を考えると,ストラトニケは多分ギリシャ語 stratos (語意 army /軍隊)と nikē (語意 victory /勝利)
由来の二要素語名ではないかと思う。
そしてギリシャ語男性名 Nikostratos ――――ギリシャ語 nikē + stratos――のラテン語綴り Nicostratos
由来のイタリア語男性名が Nicostrato (ニコストラート) である。
だから Stratonice (strato-nice) と Nicostrato (nico-strato)は「同一要素の逆並べで作られている名前同士」であるような気がする。
が,これは信用ある書籍の資料の裏付けが何もない。
検索すると「ストラトニケ」の名を持つ女性が紀元前の時代に何人かいるが,ざっと見た感じ一番有名なのは「セレウコス朝シリアの王妃ストラトニケ」のようだ。彼女は17歳の時,セレウコス1世(58歳)と政略結婚し,22歳で長女を生んだ。
だが老王セレウコスの息子アンティオコスが「義母ではあるが7歳年下のストラトニケ」に横恋慕した。
アンティオコスは恋情を抑えようと努力するあまりに病の床についてしまう。宮廷医師がこの事実に気づき,老王に進言。老王は息子の心を救うためにストラトニケを手放し,2人を結婚させることにした。
……美しい話のようだが,Wikipedia の各国語版を見て回り,(全面的に信用はできないと思いつつあえて記述通りに) 時系列をまとめてみたら,かなり鬱展開に続いていた。
ストラトニケはセレウコスと23歳で離婚。アンティオコスと再婚後,24歳,25歳,31歳で子供を生み,いずれかの時期に(多分26歳から30歳の間に)あと2人の子供を生んでいる。40代で長女と長男を亡くすなど,心痛が多そうな人生を送った末,ストラトニケは56歳で夫に先立たれ,夫の死の7年後に63歳で死んだ。なんだか溜息が出る。
ところで「ニコストラート」で検索をかけると多くヒットするのがボッカチオの『デカメロン』「幻が見えるかどうか試しに木に登ったニコストラート」(7日目9話)だ。
この話は「貴族で金持ちだが年老いた夫を持つ若い妻が,若い美男の使用人と懇ろになるためにいろいろ画策し,うまいこと夫を騙して目的を達成する」内容だ。この騙される老いた夫の名が「ニコストラート
(Nicostrato)」なのだ。
「シリアの王妃ストラトニケ」のエピソードとストーリーの基本部品が同じだ。
年寄りの男を夫に持つ若い妻が,自分の年齢的に釣り合う若い男に乗り換える話。
ただ登場人物のキャラクターと行動が全然違うので別の物語になっている。
どうもボッカチオが「この話の元ネタはシリアの王妃の夫交換話ですよ」と宣言するために老いた夫の名をわざわざ「ニコストラート」に――ストラトニケの名の要素を逆並べにした名に――したのではないかという妄想が浮かんできた。
そしてそう考えてしまうと,「アンティオコスは義母に恋着する罪深さに震えて病気になったフリをして父親を騙し,『計画通り』とほくそ笑んだ策士なのでは」なんて気もしてきた。
ただし上に書いたのは全て「ストラトニケとニコストラートが要素逆並べの名前だ」との前提ありきだから,その前提が正しくなければ全く成り立たない。結局単なる与太話なので真面目に読まないで欲しい。
[記] 2020/10/4
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