ヒースの名前
Heather, Heath, Hadley, Erica, Grugwyn
本を整理していたら,『秘密の花園』(バーネット,1909/龍口直太郎訳・新潮文庫)を見つけた。なんと昭和49年,1974年の29刷である。
『秘密の花園』はイギリスのヨークシャー地方を舞台としている。叔父に引き取られた孤児メアリーが自然に触れて変わっていく話だ。この本を読んでイギリスの荒野のヒース (Heath) を見たくなったものだ。
ヒースは西ヨーロッパ・イギリス原産の潅木である。イギリスの荒野・丘に群生し,小さな釣鐘形をした紫の花を咲かせる。イングランドでは heath (ヒース)と呼ばれるが,スコットランドでは heather (ヘザー)の方が通るらしい。しかしかなり昔の本に書いてあったことなので,現在はどうなのか不明。
◇ Heather, Heath, Hadley, Heathcliff
Heather (♀) は19世紀後半,花名を女性名に転用するのが流行った時に女性名となった。それほど古い歴史を持つ名前ではない。一方 Heath (♂) は地名由来の姓名を個人名転用したものらしい。heath-meadow の語意とされる Hadley (♂) も,おそらく姓名の転用だろう。Heath も Hadley も辞典系の人名辞典に項目がないので,使用についての歴史はわからない。
Heath のつく名として日本人に有名なのは『嵐が丘』(エミリ・ブロンテ)の「ヒースクリフ」(Heathcliff) だろう。これは単に heath-cliff つまり「荒野(またはヒース)」-「断崖絶壁」という意味である。
嵐が丘のヒースクリフはただならぬ激情の持ち主だ。あの作品を知った上で子供にヒースクリフと名づける親が多数いるとは思えない。しかしL.R の本に Heathcliff が記載されているし,単に地名由来としてヒースクリフというファーストネームを持つ人はいるかもしれない。
◇heath の語源
ゴート語の「原野」を意味する語と同系の古代英語 hæð が語源。英語で異教徒を heathen というが,これは古代英語
hæðen に由来し,もともとの意味は「ヒースの原野に住む者」であった。
『花の神話と伝説』(C. M. スキナー,1911年,1925年/訳・垂水雄二,福屋正修,1984年,八坂書房)には
武装した布教団は……(中略)でたらめな神々の崇拝を止めるよう説いたが、ピクト人は勝ち目もないのに戦いを挑み、かくして異教徒(ヒーザン)の血を浴びた植物はヒーザン、これをつづめてヒースと呼ばれるに至った、……(1999年の新装版では155ページ)
とある。これだと異教徒(ヒーザン)の名がまず最初に存在し,花の名はそれから派生した,ということになるが……
私には古代英語 hæð が基で古代英語 hæðen が派生語に見える。しかしその点は確認不可能。
◇ Erica
この名はゲルマン語源の人名 Eric (♂) の女性形。しかしヒースのラテン語名が Erica であるため,花名由来とも考えられている。
◇ Grugwyn
これは J&S の索引部分でしか見つからない男子名。説明には
Grugwyn (b) (Welsh) white heather
とある。
手持ちのポケットサイズのウェールズ語辞典を見ると,
grug nm heather
という項目が確かにある。また後半はウェールズ語の gwyn だと思われる。gwyn (gwen) は white, fair, white, handsome, blessed, holy 等の語意を含み持つ言葉で,ウェールズ語由来の人名によく使われる芳名要素である。
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