■記憶の中のゼンニイ
『世界樹の迷宮X』が発売予定の話を目にして,世界樹シリーズ1作目である『世界樹の迷宮(旧)』の採集メンバーの名を思い返した。
私は「自分がRPGゲームキャラの命名に使うために」人名データを作ったのだが,世界樹シリーズに関しては主要キャラ以外ほとんど植物か鉱物で済ませてしまう。それで旧世界樹の採集用レンジャー4人が「オレンジ・レモン・ルビー・サファイア」だった……はずだが,フランス語
Saphir から「サフィル」にしたかもしれない。ゲームで4文字しか名前が入力できない時に「サファイア」の代用として「サフィル」は良く使っていた。
……と,「サフィル」を心の中で反芻していたところ,突然「ゼンニイ・サフィル」を思い出した。
それは子供向けに訳された怪盗ルパンシリーズのどれかに登場する女性の名前だ。
45,6年前に読んで,子供ながら「この『ゼ』は『ジェ』ではないか」と思った。
なぜそんな疑問を持ったかといえば,当時は外来語のカナ表記に新旧がかなり混在していたからだ。たとえば「ビルヂング」と「ビルディング」,「ゼントルマン」と「ジェントルマン」などである。
多分私は「ゼントルマン」と「ジェントルマン」を知っていたから,「ゼンニイ」が「ジェンニイ」か「ジェニイ」ではないかと疑ったのだと思う。
しかし子供のことなので,フランス語の原書をあたってみようなどと思いつく能力はなく,疑問は疑問のまま心の底に沈んだ。本の内容は全て忘れたが,「ゼンニイ・サフィル」という文字列と疑問だけが記憶に残った。
それを突然思い出した。
せっかく思い出したので検索してみることにした。
「ゼンニイ・サフィル」ではヒットしなかったので,「怪盗ルパン サフィル」で検索し,Google ブック検索結果で「怪盗ルパン全集(10) 七つの秘密」(ルブラン原作・南洋一郎訳,ポプラ文庫クラシック,2010年)
のページを発見。その中に「被害者ジェニイ・サフィル」の文字列があった。
さらに検索して「七つの秘密」が子供向けの翻訳で,原書は「ルパンの告白 (Les Confidences d'Arsène Lupin)」であることを知った。
ルブランは時代的に著作権切れだろうと踏んで,Les Confidences d'Arsène Lupin をそのまま検索ワードに入れ,PDFをゲット。サフィルはフランス語
Saphir だと推測したが,「ル」がLだった可能性も考えて saphi で検索。
137ページで Jenny Saphir が出た。
La victime, connue dans le monde des théâtres sous le sobriquet de Jenny Saphir, .......
とある。sobriquet を英訳したら nickname だった。Jenny Saphir は芸名のようだ。
Google ブック検索結果で「七つの秘密」を部分的に閲覧すると,「流行歌手ジェニイ・サフィル」は素晴らしいサファイアを手に入れて大事にしていたらしい。多分彼女は愛好する宝石名を芸名にしたのだろう。
やっぱり「ジェ」だったな。長年の疑問が解決した。
(しかしフランス人名で Jenny の綴りってどうなんだろう。芸名だからいいのか。)
ただ,ここまで調べて,「ゼンニイはどうなった?」という疑問が生じた。
「七つの秘密」(南洋一郎訳) は再出版されているが,訳者の南洋一郎は1980年に亡くなっている。
Wikipedia によればポプラ文庫クラシックの底本は「1959年発表のもの」だという。なんと59年前だ。
復刻版にする時に元のテキストの固有名詞を変えるかなぁ?
もしかしたら2010年の版を作る時,あまりに古いカナ表記は修正したのだろうか。
「ビルヂング」とかあった場合「ビルディング」に直す……ことは……あるかもしれない……
「ボデー」とかも「ボディ」にする……かもしれない……
だが,もし59年前の版でも「ジェニイ」だったら,私の記憶の方が模造記憶だということになる。
でも自分の記憶の方を信じたい。
どこかの図書館の閉架に,独特の古めかしい絵の表紙のハードカバーがあり,その中に,「ゼンニイ・サフィル」の文字列が印刷されていると信じたい。
国会図書館は「七つの秘密」の版違いを5種類収蔵しているらしく,昭和34年発行の本が私の読んだものらしいが,そこまで調べて模造記憶なのが確定すると悲しいのでやめておこうと思う。
[記] 2018/5/19
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