レアチーズと五月のバラ
一年ほど前,時間調整のために図書館に入り,面白い本を見つけた。
『シェイクスピアの花』(安部薫・八坂書房・1979.7.25初版/1985.9.25初版第二刷/1800円)である。
真面目で固い文章だが,さりげなく軽い笑いを混ぜてあり,偉い先生の講演を有り難く拝聴している雰囲気がある。
しかし27ページまで読んで,パイプ椅子から転げ落ちた気分になった。
悲しみのあまり狂ってしまったオフィーリアを悼んで兄のレアチーズが語る……
もう,この箇所で,私の頭の中にはレアチーズケーキの幻影しか浮かばない。シェイクスピアの大悲劇が台無しになってしまった。
1979年――約30年前に世に出た本なので,当時はこの「レアチーズ」というカナ表記が一般的だったのだろうか?
そう思って戯曲コーナーに足を運んで確認してみることにした。そして『シェイクスピア全集16 昭和34年発行・昭和48年14刷』(新潮社)を見つけた。西暦なら1959年初版,1973年14刷である。
格調高い訳文と旧字体・旧かな遣いに,古き良き時代のアロマが漂う本だった。
その狂氣の怨み,思ふぞんぶん睛らしてくれるぞ。五月の薔薇、かはいいをとめ、やさしい妹、おお、オフィーリア! なんといふことだ……
しかしこの本ですら,オフィーリアの兄は「レイアーティーズ」の表記になっている。ハムレット関係の別の書籍を何冊か見たが,全部「レアティーズ」と表記されていた。
『シェイクスピアの花』の著者は「ボディ」を「ボデー」とか書きたい人だったのだろうか?
世にあるカナ表記には飽き足らなかったから「レアチーズ」としたのか?
それならオフィーリアは「オヘーリア」とか「オヒーリア」とか書いても良さそうだよなぁ。
記憶を辿ると,少なくとも1977年には,「レアチーズケーキ」が普通にケーキ屋で売られていた。
この本の出版は1979年だが,原稿の完成はそれより大分昔だったのだろうか?
ああ,またレアチーズが出た。
チーズケーキ食べたい。
ケーキ屋のは何か大味で美味しくないんだよね。自分で作るかな。でも買いだめした納豆を片付けて棚を空けないと冷蔵庫で冷やせないしな。
などと気が散ってしまい,読んでいてサッパリ集中できない。
貸し出しカードを持っていない図書館だったので,借りることもできずにそのままになってしまった。残念である。
ちなみに英語で Laertes は「レイアーティーズ」くらいの発音で,「ア」にアクセントがある。だから新潮社版の「レイアーティーズ」は原音に非常に忠実な表記であると言えるだろう。
[記/2007.9.24]
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