くろどり
Merle
「アメリカ人名事典」(G. R. スチュアート,木村康男訳,北星堂書店,昭和58年)を買ったのは1983年か1984年である。今よりもさらに英文の読解力がなかった当時,日本語で読めるこの本はありがたかった。
さて,この本の初版220ページ「Mavis」の項に,
Mavis (うたつぐみ) や Merle (くろどり) ……
スコットの詩の一説(中略)の鳴鳥の名に拠る……
と書かれた箇所がある。また J&S の辞典の Mavis の項に,merle が「フランス語で blackbird を意味する言葉」とあった。
くろどり……って,何? 黒い鳥。カラスしか思い浮ばないなぁ。
欧米の文学・文化に関する教養を持ち合わせていれば,blackbird と見た時点でイメージが明らかになったのだろうが,残念ながらそんなレベルになかった。
なにしろアニメ「機動戦士ガンダム」の中で,ギレン・ザビが「ジオンに栄光あれ。ジーク・ジオン!」と声を張り上げる場面を見ても,ドイツ語の「勝利」(Sieg
→ジーク)に思い至らなかった頃だ。
(気がついた時,ギレンがVサインを出している幻が浮かび,精神的にこけた。)
blackbird の何たるかが全然わからないので,「エッセンシャル英和辞典」を引いてみた。すると
1 イギリスで「つぐみの類,黒どり」
2 アメリカで「むくどりの類」
3 黒人
といった内容のことが書かれていた。なんか変だ。
もうこのへんで諦めて図書館に出かければいいのに,横着して家にある「広辞苑」(第二版・「無憂樹」の項の誤記がある貴重品)で「くろどり」を引いた。すると「くろとり」があった。
1 黒色の鳥
2 クロガモの別称
3 クイナの小さいもの
4 (女房詞)ほしわらび
……ここでついに観念して図書館に行った。鳥類図鑑や辞典を調べた。そしてどうもスチュアートが書いている「くろどり」はクロウタドリ(ツグミ科の鳴鳥/学名
Turdus merula)ではないかという結論に達した。
blackbird は色々な種類の鳥の名に使われている。国によっても指す鳥が違う。おそらく原文は blackbird だったと推測されるから,「くろどり」と訳すしかなかったのだろう。翻訳は大変なんだと深く納得した。
ここの人名表の語意説明を大部分英語のままにしてあるのは,日本語に変換した時に像がブレたり余計なイメージが追加されるのが怖くて仕方ないからだが,多分その恐怖の源はこの「くろどり経験」だと思う。
つい最近図書館に寄った時,「Color Anchor 英語大事典」(学習研究社,1984年)で blackbird を引いてみた。いろいろ参考になることが書いてあった。また真っ黒な可愛い小鳥の写真も載っていた。
しばらく写真を見た後,「くろどりか。うん,くろどりだ」と思いながら事典を閉じた。
[記/2000年]
[2017年追記]
現在,blackbird で画像検索すると一発ですね。
http://nzbirdsonline.org.nz/species/eurasian-blackbird
ここのサイトの「ミミズやイモムシを一杯咥えてカメラ目線の鳥」の写真は大変良かった。
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