■Geraldine
「赤毛のアン」(ルーシー・モード・モンゴメリ,村岡花子訳)の冒頭で語られる女性名。
孤児であるアン・シャーリーが,引き取り手のマリラ・カスバートと対面する場面に出てくる。アンは(平凡な)自分の名が嫌いで,「コーデリアと呼んでくれ」とマリラに頼む。そして,「以前はゲラルデンという名が良いと思っていたが,今ではコーデリアがずっと好きになった」と言い始める。
ゲラルデン……私には「グルテン」や「ゼラチン」を連想する変な名前だった。だからこの時点で,主人公の感覚をいぶかしんだ。
しかし大分あとになって原語版を読んでみたら,原文は Geraldine だった。この綴りの名は,最近の翻訳だと「ジェラルディ(ー)ン」か「ジェラルダイン」と訳されている。もしあの箇所が「ジェラルディン」だったなら,物語のしょっぱなからアン・シャーリーを変人だと思わなくても良かったのだが……
Geraldine は1540年にサリー伯のヘンリー・ハワード(Henry Howard)が造名したとされる。彼はキルデア伯の息女エリザベス・フィッツジェラルド(Elizabeth
Fitzgerald)に恋をした。そして詩を書き,その中で彼女を the Fair Geraldine と呼んだ。つまり彼は Gerald-ine「フィッツジェラルド家に属するもの」の意味として
Geraldine を造名したわけだ。
あからさまに実名を使わないところが当時の詩作のポイントだったのかもしれない。
サリー伯の頭の中では Geraldine イコール「恋する Elizabeth」だったのだろうが,次第に フィッツジェラルド家の姫君専用の,ロマンチックな「ふたつ名」と考えられるようになった。
しかし1816年,コールリッジが『クリスタベル(Christabel)』という詩を発表する。その中で Geraldine が個人名として使われていた。それ以後人気が高まり,一般庶民にも命名されるようになった(ただしそれほど多く使われる一般的名ではないようだ)。
このように「詩」と関係が深い名前なので,空想的なアンが心酔したものと思われる。なお,英語の発音は『固有名詞英語発音辞典』によれば,普通は「ジェラルディーン」で,『クリスタベル』の中においては「ジェラルダイン」と読まれる。
ところで Fitz- は国王または王族の庶子であることを示す。Fitzgerald は「Gerald の庶子」の意味となる(この手の姓名には他に Fitzherbert, Fitzjames, Fitzwilliam 等がある)。男子名 Gerald はゲルマン語源で spear-rule(r)「槍」-「支配(者)」の意味なので,ロマンチックと言うより,武張ったイメージのある名前である。
[2022年追記] 1980年に若くして死んだ漫画家,花郁悠紀子の作品『妖精は扉をたたいて』(1977年)に「ジェラルダイン」の名を持つ女性が登場する。
花郁悠紀子は別の作品『フェネラ』の中で,ヒロインの名が「星」を意味する語を合成した名だというエピソードを作っているので,人名の選択には気を使う人のような気がする。だから彼女がどこからジェラルダインの名を採ったとしても,何か理由があったのではないかと思う。
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